前回のエントリーではイスラム国による今回のテロが、なぜパリを標的にしたのかを地政学的な面で見てみました。

1. 地政学上の問題
2. 問題解決手段としての目的
3. イデオロギー上の問題

上記3つの要因のうちで、今回は残りの「問題解決手段としての目的」と「イデオロギー上の問題」の二つを考えてみたいと思います。
この二つは密接に結びついています。

■ 問題解決手段としてのテロ

そもそもイスラム国は(実際はさておき)建前としてはどのような目的の上で設立された組織でしょうか。

イスラム国の目的は、イスラム法(シャリーア)に基づいた統治の国家の設立と、それに対立する勢力の打倒です。現状ではISを国家として承認している国は一つもなく、また出自であるアルカイダからも破門状態にあるため、「 ISの味方以外は全て敵対勢力である」ということになります。
特定の地域に居住する民、または民族を庇護することを目的としているわけではないため、目的を達するまでは均衡に落ち着くことは無いのです。ISが確固たる地位を確立し、それが国際的に認められるまでは構造上既存の国家、組織との共存はあり得ません。
他を打倒することが組織の遺伝子そのものに組み込まれているため、組織の士気を維持するためには何らかの戦果を常に必要とします。

単純にある一定の支配地域を治めたいだけであれば、(当初シリアのアサド政権の対立組織として米国から援助を受けていたように)国際社会と激しい対立を引き起こすことなく、粛々と支配地域を広げていけばよかったのです。

ですがISは過激派であること、既存の世界に真っ向から対立することそのものによって、現状の世界そのものに疎外感を抱く人(特に若者)を取り込むことに成功しました。
その代わり、常にプロパガンダと成り得る大きな事件、戦果を必要とするのです。

その中で、西側世界の象徴となりうる、代表的な都市が標的になったのではないでしょうか。パリはその意味でうってつけでしょう。

話は変わりますが、前回も9.11後の代表的テロ事件としてあげた、マドリード列車爆破テロ事件は、過激派組織による典型的な威嚇型テロ事件という性格のほかに、明確な政治的目標達成の手段として実行されたとも推測されます。

このテロはスペインの総選挙の直前に実行され、アメリカに協調しタリバンに対する軍事作戦に参戦していたスペインの政権交代と軍の撤退という成果を得ました。テロによる威嚇行動という意味のほかに達成すべき政治目標があった例の一つと考えられます。

思うに、今回のパリ同時多発テロの主目的はテロによる威嚇であったものの、あわよくば欧米が展開している空爆ほか軍事作戦の後退も視野に入れていたのではないでしょうか。
象徴としての意味をもつ世界都市であり、比較的その目的にも近いフランス・パリがターゲットになったのでは、と邪推します(もっとも、結果的にはフランスも強硬的反応を示しましたが)。

この意味で米国は論外です。
9.11後の動きを見て分かる通り、米国はこういった場合ナショナリズムが盛り上がり全面的に戦争に向かう面が見られます。オバマ政権は対外戦争に米国としては消極的な姿勢を示しておりますが、このような場面で刺激することは来る大統領選で強行右派(言ってしまえば極右、ドナルド・トランプのような)が勝利する可能性を高めます。
現時点で米国と総力戦になるような事態は避けたいはずです。

また、近頃空爆を強化しているロシア、モスクワをターゲットとするという選択肢はそれ以上にあり得ません。
プーチン大統領はゴリゴリの強硬派であり、ロシアを直接刺激することで有利になることなど何もありません。
ただでさえロシアが本格的に空爆を開始してから多大なダメージを負ったISです。さすがにロシアとの全面戦争は望まないでしょう。クリミア併合の例を見て分かる通り、強引な手段をとることにかけてはプーチン大統領の右にでるものはありません。

フランスはその点リベラルで、多様な価値観を受け入れている国であり、あわよくばNATOの軍事作戦へのコミットメントを削げると見ていたかもしれません。
しかし、実際はそうはならず、フランスもISに対する強硬的な姿勢を強める見通しです。

■ 対立するイデオロギーの象徴としてのテロ

西洋世界における中世以降の世界史三大事件といえば、
1. フランス革命(市民革命)
2. 産業革命
3. 二度の世界大戦
上記3つをあげる人は多いでしょう。

中でもフランス革命は、自由と個人の権利を民衆自らの手で手にしたという点で、今日の西洋的価値観の象徴のような出来事であったと言えます。
特に指導者側ではなく、民衆が自らの手で勝ち取った革命であるという点は特筆すべきです。ここでいう自由とは無条件の自由である"Freedom"ではなく"Liberty"のほうが相応しいでしょう。"Liberty"とは、束縛からの自由、という戦いの上で勝ち取った面を協調した言葉です。
(日本の明治維新は、支配階級である武士の志士たちが階級改革を含めて主導したという点において、大きく異なります。日本は歴史上民衆自らの手による市民革命を経験しておらず、近代国家の仲間入りを果たしています。日本人のお上をありがたがる、政府に限らずお上から正しい指導が降りてくるのを待つという姿勢は、このあたりにも反映されています)

一方、イスラム原理主義(決してイスラム全般ではありません)とこの個人の自由主義は相入れるものではなく、今日の西洋世界とのイデオロギーの対立をそこに見出したとしても不思議はないでしょう。
2015年初頭に雑誌社「シャルリー・エブド」がイスラム過激派のテロの標的となりましたが、言論の自由の名の下にフランスを筆頭とした欧米諸国が連帯・断固とした対立を宣言したことは忘れてはなりません。

ところで、産業革命と二度の世界大戦後の世界をそれぞれ代表する都市・国はすでにタリバンのテロの対象になっています。
いうまでもないことですが、ロンドンとニューヨークのことです。
英国は産業革命を体現し、米国は第二次世界大戦後の覇権国家として今日の資本主義・グローバリゼーションを体現しています(エンパイアステートビルではなくワールドトレードセンターがターゲットとなったのはさらに象徴的です)。

アメリカ、イギリスのほかに、対立する欧米社会の象徴にフランスが加わることはほとんど違和感がないのではないでしょうか。
これらの国が体現する価値観は、ISの定義するシャリーアのイデオロギーと真っ向から反するものです(本来のシャリーアは他教徒との関係など解釈が異なっており、ISの定義するものと明確に区別すべきです)。

■ 花はどこへ行った? 今後の展開

今回のテロにより花の都たるパリの体現する価値観、自由・平等・博愛の価値観は毀損したでしょうか。

ISに対してどのような対応をしていくかは現在ではまだ分かりません。話し合いが全てを解決する、というようなお花畑のような議論は通用しないでしょう。また、テロが許されるわけもまたありません。

しかし、移民を排斥し全体主義的な方向に猛進するのは、フランス・パリには似つかわしくありません。
世界の都としてメトロポリタンな価値観を受け入れてきたパリは、今こそその真価を問われています。

「パリは燃えているか?」
燃えているのは憎悪ではなく、平等・自由・博愛を是とする市民の血だと信じています。


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